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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7127号 判決

被告 常盤相互銀行

理由

一  まず、被告は原告は請求の基礎を変更する訴の変更をしたからその訴の変更は許されないというが、被告は原告の訴の変更に対し、その新請求について「請求棄却」の判決を求める旨異議をとどめず陳述していることが記録上明らかであるから、もはや右理由によつて訴の変更不許の裁判を求めることは許されるべきでない。そればかりでなく、原告は当初被告との間の当座貸越契約および担保権設定契約にもとづいて昭和三九年一一月一七日(但し額面八〇〇万円の定期預金証書については昭和四〇年一月二五日)(1)額面五〇万円(預り証番号〇〇二九八、満期日昭和四〇年八月二七日)、(2)額面四〇〇万円(預り証番号〇〇二九九、満期日右同日)、(3)額面一、〇〇〇万円(預り証番号〇〇二九七、満期日昭和四〇年一〇月三一日)、(4)額面二〇〇万円(満期日昭和四〇年二月一七日)、(5)額面八〇〇万円(預り証番号〇〇三一五、満期日昭和四〇年四月二五日)の各定期預金証書五通を被告に差入れたが、原告は被告に対し何らの債務も負担していないため右各契約を解除したとして被告に対し右五通の証書自体の返還を求めたが、その後原告は被告が本案につき準備書面を提出したり、口頭弁論をしたりする以前に右旧請求を取り下げ交換的に被告に対し前記請求原因第一項記載のとおり、五口の定期預金を預託したのでその合計金二、四五〇万円の返還を求める旨請求するに至つたものであり、従つて原告は請求の趣旨および原因を変更したものであるが右訴の変更の前後における原告の主張の差異は成立に争いない《証拠》によつても明らかな如く原告は三口の定期預金についていずれも旧請求においては延期後の最終の弁済期を満期日としていたのを新請求においては延期前の本来の満期日に訂正しただけであつて右定期預金はいずれも前後同一のものであり、また定期預金証書を被告に質入れ交付した日と定期預金としての預託日とは相違があるにしても、結局消費寄託契約として同一性のある定期預金の証書自体の返還を求めるかその額面金額の返還を求めるかの差異があるだけであつて、その請求の基礎に変更はない。

二  原告が銀行取引を業とする被告に対して(一)昭和三九年八月二七日頃金五〇万円(満期日同年一一月二七日)を、(二)右同日頃金四〇〇万円(満期日右同日)を、(三)昭和三九年一〇月三一日頃金一、〇〇〇万円(満期日昭和四〇年一月三一日)を、(四)昭和三九年一一月一七日頃金二〇〇万円(満期日昭和四〇年二月一七日)を、(五)昭和四〇年一月二五日頃金八〇〇万円(満期日同年四月二五日)を、それぞれ定期預金として預託したことは当事者間に争いがない。

三  そこで進んで、抗弁および再抗弁について判断する。

(一)  原告が被告との間の相互銀行取引契約より生ずる債務のためその主張の各定期預金債権につき被告に対し被告主張の日時にその定期預金証書を交付して質権を設定したことは当事者間に争いがなく、《証拠》によると、右質権設定契約に際して原告代理人訴外安田和徳と被告との間で原告が期限の到来(期限の利益の喪失によるその到来を含む)によつて右取引契約より生ずる債務を履行しなければならない場合には、被告は自己の原告に対する債権と原告の被告に対する定期預金債権とを期限の如何に拘らず、いつでも相殺できる旨約されたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  《証拠》によると、原告主張の各定期預金の支払期日はいずれも当初の満期がその後数回延期され、最終のそれは額面五〇万円の定期預金については昭和四二年三月六日、額面四〇〇万円のそれについては昭和四〇年五月二七日、額面一、〇〇〇万円のそれについては昭和四〇年七月三〇日、額面二〇〇万円のそれについては昭和四〇年八月一七日、額面八〇〇万円のそれについては昭和四二年一月三〇日にそれぞれなつたことおよび右延期の前後を通じて消費寄託契約としての各同一性を維持していたことが認められる。

(三)  被告が原告に対し右取引契約にもとづいて昭和四一年六月二八日証書貸付により金一、三〇〇万円を(ア)利息日歩二銭五厘、(イ)弁済期昭和四二年一月一〇日の約定で貸与したことは当事者間に争いがなく、《証拠》を総合すると、(1)原告は被告との間で昭和三八年一〇月二八日より取引を開始し、その後被告に対し父である訴外和徳(同訴外人が原告の父であることは争いがない。)を連帯保証人として静岡県吉原市内の宅地一五、〇〇〇坪(三億二、〇〇〇万円)の購入資金の一部として金五〇〇万円の借受けを申込んだところ、被告は当時未だ学生だつた原告は別として、その所有にかかる宅地約三〇〇坪分の権利書を預つていた訴外和徳の資力を信用して原告に対し手形貸付により昭和三八年一二月二五日金五〇〇万円を(ア)利息日歩二銭、(イ)弁済期昭和三九年二月二五日の約定で貸与したこと、(2)さらに被告は原告に対し右と同様訴外和徳を連帯保証人として昭和三九年三月一四日金四〇〇万円を(ア)利息日歩二銭、(イ)弁済期同月二四日の約定で貸与したこと、(3)その後被告は原告代理人安田和徳との間で昭和三九年三月二五日右二口の貸金債権合計金九〇〇万円をもつて(ア)利息日歩二銭、(イ)弁済期同年五月二五日とする貸借の目的としたが、さらに数回弁済期を変更して右金員を貸借の目的とする準消費貸借契約を締結した後、昭和四〇年一月二五日右金員をもつて(ア)利息日歩一銭九厘、(イ)弁済期同年二月一五日とする貸借の目的としたこと、(4)つぎに被告は原告に対し相互銀行取引契約にもとづいて訴外和徳を保証人として(但し後記(ウ)記載の契約は除く。)手形貸付により(ア)昭和三九年一〇月三一日金一、〇〇〇万円を、利息日歩一銭九厘、弁済期同年一二月二五日の約定で、(イ)同年一一月一七日金二〇〇万円を、利息日歩一銭九厘、弁済期昭和四〇年二月一五日の約定で、(ウ)昭和四〇年一月二五日金八〇〇万円を、利息一銭九厘、弁済期同年四月二四日の約定でそれぞれ貸与したこと、(5)その後被告は原告代理人和徳との間で昭和四〇年五月一日右三口の貸金債権合計金二、〇〇〇万円をもつて、利息日歩一銭九厘、弁済期同年六月一〇日とする貸借の目的としたこと、(6)被告は原告代理人和徳との間で同年六月一九日右金員の内金八〇〇万円をもつて、利息日歩一銭九厘、弁済期同年九月二〇日とする貸借の目的とし、さらに数回その弁済期を変更して右金員を目的とする準消費貸借契約を締結し、最終の弁済期は昭和四一年一〇月一一日となつたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証人安田和徳の証言は前掲各証拠に照らして措置できず、他には右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  原告は被告との間の手形貸付による右合計金二、九〇〇万円の消費貸借契約は虚偽表示である旨主張するので判断するに、《証拠》を総合すると、(1)相互銀行取引契約書および預掛金担保差入証が右認定の被告が原告に対し合計金二、一〇〇万円を貸与した後の昭和四〇年一月二五日に作成され、被告に交付されたこと、(2)額面金一、〇〇〇万円、同金四〇〇万円、同二〇〇万円および同八〇〇万円の各定期預金証書の預り証を被告が作成して原告に交付したのは、右認定の被告が原告に対し合計金一、九〇〇万円を貸与した昭和三九年一〇月三一日の後である同年一一月一七日以降であること、(3)前記五口の原告の被告に対する定期預金の名義が昭和四〇年一月三〇日訴外和徳の申し出により原告から同訴外人に変更されており、それは名義上のみの変更にすぎないと認められるが、その変更をした理由が不明であること、(4)原告が被告より右認定の金一、〇〇〇万円、金二〇〇万円および金八〇〇万円を借受けるに際し作成された借入申込書には原告の職業が医師であるのに不動産業となつていたり、申込人である原告および保証人である訴外和徳の捺印が欠けているものがある等右書類の記載上不備な点が存することが認められ、また前記争いない事実によると、右認定の被告が原告に対し前記金一、〇〇〇万円、金二〇〇万円および金八〇〇万円をそれぞれ貸与した日時に原告が被告に対しそれぞれ同額の定期預金をしていることが明らかである。

しかし、他方、《証拠》によると、原告は前記認定の昭和三八年一〇月二八日被告との銀行取引を開始するに際しては相互銀行取引約定書を、その後には預掛金担保差入証をそれぞれ被告に差入れたが、全国相互銀行協会よりその他の全国相互銀行に対してと同様被告に対しても昭和三七年一〇年二四日付相銀第四七号通達を以て「相互銀行取引約定書雛形とその解説のご送付について」と題する書面が送付されたので、被告はこれにもとづいて同取引約定書の採用およびこれに伴う各種関連約定書の全面的な改定について種々検討した結果、その成案を得て昭和三九年一二月二二日付で各支店長宛配布し、翌四〇年一月四日より従前のものとの切替えを命じたところ、原告との取引に関してもこれにもとづいて右認定の同年一月二五日に乙第二号証の相互銀行取引約定書および同第三号証の預掛金担保差入証に差し替えたことおよび右認定の被告より原告に対する金一、〇〇〇万円、金二〇〇万円および金八〇〇万円の各手形貸付はいずれも支店長決裁が可能な預金限度内の貸付であつたことが認められ、これに反する証人安田和徳の証言は措信できず、他には右認定をくつがえすに足りる証拠はないし、また、前記認定の事実によると被告が原告に対し前記金五〇〇万円、金四〇〇万円、金一、〇〇〇万円および金二〇〇万円を貸与するに際しては当時資力のあつた訴外安田和徳を連帯保証人または保証人としたことが明らかであつて、これらの事実に照らして考えると、右認定の事実および証人安田和徳の証言のみから原告の右主張事実を推認することはむずかしく、ほかにはこれを認めるに足りる証拠がない。したがつて、右主張は理由がない。

(五)  被告が原告に対し証書貸付により貸与した合計金一、三〇〇万円の内金四〇〇万円は昭和四一年八月三〇日に、内金三〇〇万円は同年一一月三〇日にそれぞれ弁済されたことは当事者間に争いがなく、《証拠》によると、被告は原告との間の前記いわゆる相殺に関する約定にもとづき質権実行の方法として右貸金債権の弁済期日である昭和四二年一月一〇日頃には同債権残額金六〇〇万円をもつて原告主張の額面五〇万円の定期預金債権とその対当額において、前記金九〇〇万円の貸金債権の弁済期の後である昭和四〇年五月一日には同債権金九〇〇万円をもつて原告主張の額面四〇〇万円の定期預金債権とその対当額において、前記金二、〇〇〇万円の貸金債権の弁済期の後である同年六月一九日には同債権金二、〇〇〇万円をもつて原告主張の額面一、〇〇〇万円および額面二〇〇万円の各定期預金債権とその対当額において、前記金八〇〇万円の貸金債権の弁済期の後である昭和四一年一一月三〇日には同債権金八〇〇万円をもつて原告主張の額面八〇〇万円の定期預金債権と対当額において、いずれもいわゆる相殺処理をしたことが認められ、右認定に反する証人安田和徳の証言は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

すると、原告主張の各定期預金債権はいずれも被告主張の各貸金債権の最終の弁済期日に消滅したことになる。

(六)  よつて、原告の本訴請求は失当であるから、これを棄却

(裁判長裁判官 安井章 裁判官 加茂紀久男 北山元章)

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